トキコさんの場合

第2次世界大戦後、日本の女性とアメリカ人との結婚が多くなったそうです。トキコさんは21歳の時ハワイの日系2世で軍人として日本へ来ていた男性と知り合い結婚されました。

戦争が終わったのが1945年ですからそれから2年程したころだということですがマッカーサーから、その年の12月25日までに日本人妻はアメリカに入国しないと永住権は与えられないという命令がくだったのでトキコさんはご主人とハワイに渡り、滞在3日間で帰国しようと思いましたが病気になったため仕事のあるご主人だけ日本へ戻られました。

注:マッカーサーとは太平洋戦争中、南西太平洋連合国軍総司令官として東南アジア日本と戦 った。1945年9月に日本の降伏を受領し、1950年6月まで連合国軍総司令部 (GHQ) の総司令官として日本占領に当たった。

病気も治り、さあ帰国しようと思ったら「5年間滞在しないと永住権は抹消される」と言われ仕方なくマウイ島にいるご主人のご両親に預けられました。もちろん病気にならないでご主人と一緒に帰れば5年間アメリカ滞在という問題はなかったのですが、たった6ケ月の新婚生活でした。 とりあえず日本に帰れないのです。帰るとご主人との結婚が有効でなくなると思ったトキコさんはマウイ島に5年間いることを決意されたのです。

それからはお姑さん、お舅さん、小姑のいる家で朝から晩まで「おしん」の世界だったそうです。炊事、洗濯、家事全般はもちろん、内職で労働者のひどい汚れの作業着を一生懸命洗濯して1枚につき25セント貰いますが 、それは全部お姑さんにとりあげられたそうです。もちろん日本からご主人が送金してきたお金も手元には届かず自由になるお金は一銭もなかったそうです。

その当時オアフ島に日本からの戦争花嫁たちのお世話していたニシさんという方がおられてトキコさんはその方に手紙を書き「英語を勉強したいし、自分でオアフに出て自立して働きたい」と相談されました。

そうしたらニシさんは「あなたはもう大人なんだから自分の意志で何でもできます。もしも本気なら仕事をお世話します」と言われてハウスキーパー(お手伝いさん)の仕事を紹介 してくださいました。

そこでトキコさんは陰日なたなく一生懸命働き、その後仕事に慣れてからは手に職をつけるため働きながら洋裁学校へ3年通い、そうこうしている間に期日の5年が過ぎたので日本へ帰国しました。

そうしてご主人の家で待っていましたが待てど暮らせど戻ってこられないので軍のほうに問い合わせると「奥さんと一緒に旅行に行くとかで休まれていますよ」という返事。「エーッ、奥さんは私なのに」と思いましたが待つしかなく、やっと会えたご主人に事情を聞くとトキコさんがいない5年の間にトキコさんの親友と仲良くなっていたということでした。

こうなると腹も立つのでご主人とは別れたいけれど職も無く困っていたらハワイでハウスキーパーをしていたお家の弟さんが軍曹のお仕事で日本に来られ家族からトキコさんが幸せに暮らしているか見てきてくれと言われ立ち寄 ってくださったのです。

それでご主人とのいきさつを話したら「ハワイに戻ってきなさい」と言われましたがお金もないので無理だと答えると1ケ月ほどしたら船会社から「ミスターウイルソンからアナタがハワイに行く旅費を預かっているので、今度の出航の時に来てください。」という通知が来てトキコさんは思い切ってハワイに行くことを決心したそうです。そして乗船するとキャプテンが「あなたにと言付かっています」といって現金を75ドル渡してくれたそうです。                                       

そうしてホノルルに到着すると以前の雇い主のご家族が温かく迎えてくれ30歳の時に今のご主人と結婚し、ハワイに住んで50年。今は大学をリタイアされたご主人とお嬢さんと3人で大きなお家に住み悠々自適の生活をされています。

前のご主人はその後トキコさんの親友と結婚されハワイに戻ってこられ3人の子宝に恵まれ、ついこの間亡くなったそうです。 それは新聞に載っていたのを友人が知らせてくれたそうでトキコさんと前のご主人は別れてからは音信不通だったようです。

今はなんでも笑って話せるけど、当時は本当にくやしい思いをしたのよ。と明るく話されるトキコさんのまだまだある続編は、そのうちに、、、、、、

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